第三番 風猛山 粉河寺

〜父母の 恵みも深き 粉河寺 ほとけの誓い たのもしの身や〜

2009・9・30

紀三井寺駅から和歌山駅に戻り、和歌山線に乗り換えて35分で粉河駅です。 粉河駅からとんまか通り商店街という通りをまっすぐに800m、突き当りが粉河寺です。 この頃には雨脚も強くなり、歩くのも辛くなってきました。 でも電車に乗れるだけ、昔とは比較にならないほど楽をしているのです。 雨の中を歩くことくらい、どうってことはありません。 時々、こうして悪条件の中に身を置き、がんばってみたくなるおーどりーです(=^・^=)

粉河寺は国宝の『粉河寺縁起絵巻』で知られる名刹です。 鎌倉時代に描かれた幅30.6m、長さ19.5mの日本の代表的且つ貴重な絵巻物で現在は京都国立博物館に寄託 されています。この絵巻物に粉河寺の由来が記されています。

次は粉河寺です

〜宝亀元年(770年)、粉河の漁師・大伴孔子古さんが風猛山で獣を追っていると地面が光を放っている場所を見つけ、 庵を建てたが、安置する仏像がない。そこへ童姿の行者が(童男行者)が現れ、7日の間に仏像を作ることを約束した。 7日目に庵を開けると行者の姿はなく、千手観世音像が立っていた。孔子古さんはその観音像を大切に祀った。〜 これが粉河寺の始まりです。
大門

【大門・中門】 商店街の突き当り正面にある豪壮な大門をくぐります。 境内は1万5千坪もあり、大小20ほどの伽藍が並んでいます。雨に濡れた石畳の参道を歩き、本堂に向かいます。 『粉をすくって入れたような川』と言われ、寺名の由来にもなった粉河(長屋川)が参道の右側を流れています。 『粉をすくって入れたような川』というのがどんな状態を表しているのか、想像力の乏しいおーどーりーには いまいち、よくわかりません(^^ゞ
石畳の参道
中門

参道の途中に童男行者が現れたという童男堂があり、さらに進むと中門があります。 天保3年(1832年)に再建された、国の重要文化財です。 大門も中門もどちらも堂々とした風格のある門です。
童男堂
粉河寺の本堂です

【本堂】 本堂は西国33ヵ所の中でも最大級の建物です。 この本堂、一重屋根の礼堂と二重屋根の正堂が一体となった複合仏堂という、他に例のない珍しい形式の本堂です。 ご本尊は童男行者が作ったと言われる、千手観世音菩薩。 豊臣秀吉の紀州攻めで焼失し、現在は頭部だけが残り、保存されていると言われています。 絶対の秘仏とされるご本尊は公開された記録はありません。粉河寺はお前立ちも秘仏とされ、一般参拝者に公開されることはありません。 このたびの御開帳期間にも、公開されず、特別開扉されたのは、千手堂の千手観音像のみです。 一生、人の目に触れることのない永遠の秘仏は、いったいどんな姿形をされているのか・・・
念仏堂

粉河寺の境内は、晴れた日にゆっくりと散策するのがお勧めです。 本堂前の枯山水の日本庭園は国指定の名勝『粉河寺庭園』。 立派な伽藍や、構造のユニークな建築物をゆったり眺めて、お寺にまつわる歴史を感じて、広々とした境内を散策しながら 歴史や自然に触れ、時を過ごすのにぴったりのお寺です。 必ず、もう一度訪れたい、そんなお寺でした。

帰りは靴も服も濡れて、電車の冷房がとても寒くて、悲しくなりました。。。





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